水道は使えてあたりまえだと思っていた

朝起きたらそこに彼はいなかった。夜中のうちに出て行ったようだ。同棲を初めて1年、一時期は彼と別れようかと悩んだこともあったけれど、私が強くなろうと覚悟し、彼の側にいることを決めたのだった。だけどその彼がその半年後、私の元から去って行ってしまうなんて、その時の私には想像もできなかった。

多分、私が強くなりすぎたのだ。私の唯一の弱点である虫にだけ彼は強かったけれど、それ以外はてんでダメな彼だった。そして私がそんな彼を守ろうと決めた途端、彼の気持ちが徐々に離れて行ったように思う。弱いくせに、いや弱いからこそ、彼は男として自分を立ててほしかったんだろう。彼の方から去って行ったことも悔しかったし、そんな彼のために強くなろうと思った自分も情けなかった。

そんな時に限って、悪いことは重なるものだ。洗面所の蛇口から水が出なくなってしまったのだ。ひねってもひねっても水は出ない。水道なんて、使えて当たり前だと思っていたのに。そして、当たり前のことなんてないんだな、と気づく。彼だって、いて当たり前の存在だと思っていたのだから。

業者さんに来てもらって、洗面所の水道を見てもらっている間、私は思った。もし彼と別れずに今も一緒だったとしても、彼はきっと私に全てを任せて知らん顔をしていたはずだ。彼は問題にきちんと向き合うことができない人だったのだ。私に対しても。

直った洗面所で、私は思い切り顔を洗った。全部洗い流して、また新しい恋を探そう。今度はどんなトラブルにも、そして私とも、ちゃんと向き合ってくれる人を探そう。勢いよく流れる水で、私は何度も何度も水を顔に打ち付けたのだった。